Figure-rise LABOは
「プラモデル」という箱舟で未知の大海へ漕ぎ出す
●塗装でもない印刷でもない経路から、アニメキャラの構造を読み解く
アニメ作品のキャラクター表現は、工程がアナログからデジタルへ移行する中、劇的に変化した。元来はセルの裏から絵の具で塗り分けられていたキャラクターの瞳に、繊細なグラデーションをかけることすら可能になった。
1990年代後半から登場したアニメキャラの完成品フィギュアは、工場での塗装・印刷工程を増やすことで瞳の複雑な塗り分けに対処した。Figure-rise Bustの特筆すべき点は塗装でも印刷でもなく、金型による射出成形技術“レイヤードインジェクション”のみで、デジタル化されたアニメキャラの瞳再現にトライしたことだ。
具体例を挙げよう。Figure-rise BustシリーズNo.6の「Liko」は、アニメ『アクティヴレイド-機動強襲室第八係-』に登場するキャラクターで、アニメ映像を見ると瞳は濃いブルーから薄いブルーまで4段階に塗り分けられており、それぞれの色の境界がぼやけている。
その塗り分けを、Figure-rise Bustではどう再現しているか。白目とハイライト(白色)と瞳孔(黒色)で、すでに2色の成形色を使ってしまう。レイヤードインジェクションで色分けできる色数は最大4色なので、残り2色で4段階のブルーを再現せねばならない。そのために、まずもっとも薄いブルーの成形色が表面に露出するよう設計している。その薄いブルーの周囲に重なるように、濃いクリアブルーの成形色を流す。一色をクリアにして下地の色を透けさせることにより、グラデーションに近い重層的な表現を試みているのだ。この立体ゆえの効果は、塗装や塗装では決して出すことは出来ない。
もうひとつ、例を挙げよう。No.13以降、全9体がラインナップされた『ラブライブ!サンシャイン!!』では、瞳の色は単色だ。だが、アニメ本編を見ると瞳の内部で小さく光るハイライトと、眼球自体に映りこむ丸い大きなハイライトの二種類が描かれている。Figure-rise Bustでは、白いプラスティックの形状と面積を変えることで、二種類のハイライトを一色の成形色のみで表現している。さらに言うなら、同じ白い成形色を白目部分にも使っているので、都合三種類の「白」を金型の構造によって複雑に使い分けていることになる。
成形した上から塗料や印刷でレタッチすることなく、徹底的に成形色のみ、金型の設計だけで勝負する。アニメキャラの描画構造を、プラモデルという大量生産品の工業的制約の中で効率よく解釈していく。レイヤードインジェクションは、「アニメキャラを立体化する上での考え方」を、塗装や印刷とは異なる経路から新たに提案したのだ。
●すべてのユーザーに高度なフィギュア表現を解放する民主的試み
そして、Figure-rise LABOは、アニメキャラの立体再現にとどまらず、すでに立体化された後のアニメ・フィギュアの“仕上げ工程”に、インジェクション成形で追いつこうとしている。塗装によって初めて表現可能だった肌の凹凸に応じたグラデーション、頬の赤味などを射出成形の過程で物理的に再現しようという、前代未聞の試みである。
マテリアルの質感を生かしたフィギュアの仕上げ方法としては、レジンキャストの透明感を利用した“サフレス塗装”が、高度なテクニックを持つユーザーの間で開発された。Figure-rise LABO第一弾のホシノ・フミナも、PP樹脂の透過性を利用している点では、“サフレス塗装”と考え方が似ている。ただし、中空の肌の内側に赤味の強いピンクの樹脂を流し、肌の薄さと厚みを調整することでグラデーションを表現している。複雑な多層構造でアニメキャラの瞳を再現したレイヤードインジェクションはさらに進化して、肌色とピンク色、二色のプラスティックを部分的に透過させたり隠蔽したり……と、もはや数値化不可能な表現領域に突入したのだ。
シャープな塗り分けではなく、自然で美しいグラデーション。そして肌色とピンク色の重なり合いが生み出す、弾力すら感じさせる肉感。それをプラスティック成形の質感、厚みと薄さのみで表現しようというのだから、もはやプラモデルによる文化芸術改革と言っていい。
すべてのユーザーは、まず肌の内側にピンクのプラスティックが充填された二重構造のパーツを目の当たりにし、その大胆なアイデアと成形技術に驚くだろう。それらのパーツを切り離し、組み立てていくプロセスで、この新しいアイデアがいかなる効果を生じさせるのか、ひとつひとつ目と指先で確かめていくことになる。明らかに人類にとって未知の領域なのだが、ニッパーさえあれば誰にでも体験できてしまうところが凄い。高度な塗装技術も修行も鍛錬も必要ないのだから、いわば“フィギュア表現の民主化”である。 インジェクション成形に何が出来るのか、開発チームが何をどう考えたのか、すべてをユーザーの前で明らかにする――そんな誠実さと実験精神が、Figure-rise LABOのパーツからはダイレクトに感じられる。新鮮なセンスとアイデアで、プラモデルは生きているかのような温かみを獲得した。次に待っているものは何だろう? 無限の好奇心が、誰の心のうちにも湧き立つはずだ。
執筆 廣田恵介